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ウツボ、白魚、鱧、鰯などお猪口に入ってる。
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鰹、鯖、鯛のお刺身
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鰹の釜飯はお茶漬けでも食べられる

仕事を終えてKとふたり、高知へ飛んだ。


9時に高知龍馬空港に着き、そのまま市内で有名な『座屋(いざりや)』へ。『座屋』は、銀座とマドリッドにも支店があるという食べログ4.0という高ポイントのお店。

外から見ると仄暗い店内はお洒落で、和食店とは思えないモダンな作り。


メニューは6000円のコースをお願いしていて、店の人に高知の人は何を飲むのかと聞くと、一瞬の迷いもなく「日本酒です」と言われ高知の日本酒を。

久礼・司牡丹・酔鯨など、高知の銘酒は実は多かったのだ。


それから運ばれてくるお料理には一つ一つ楽しませてもらった。

生ハムとトマトのサラダ
蓮の蒸し物
鰹と鯖と鯛の刺身
お猪口の協奏曲
和牛
日扇貝
鰹の出汁茶漬け
デザート

お猪口の協奏曲と書いたお料理は、ウツボや鰹、鱧や白魚、茶碗蒸しなど、全て小さなお猪口に入っているのだけど、見た目に驚きがあり尚且つとても美味しい一品だった。

店員さんのサービスも素晴らしく、高知を訪れる際は、一度足を運ばれることをおすすめできる素晴らしいお店。

⭐︎座屋
088-824-1308
高知県高知市廿代町2-8
 (Click!) 


月曜日、いつもよりも会社に早く行き、真っ先に後輩にメールを打った。

週末からの集中豪雨による甚大な被害が、西日本で広がっていた。後輩は、岡山の倉敷出身で、ご家族が倉敷で暮らしているのだ。

後輩からすぐに返信があり、ご実家の場所は災害は免れることが出来たと。(でも残念ながら、学生時代の友人の何人かが住む場所は、酷い濁流にのまれてしまったようだと書いてあった)



阪神淡路大震災の時は、テレビやネットのニュースで映像を見ながらも、東京で暮らす僕たちには、なんだか映画の中の世界のようで、地獄のような大惨事であるにもかかわらず、実感として大惨事であると感じることができずにいたのを覚えている。


でも東日本大震災の時は、東京での被害も大きく、見たこともないような津波となって大惨事を繰り広げはじめた。そしてそれは、僕たちにトラウマを残したのだ。

東京で暮らす僕たちは皆一様に傷つき、東北の恐ろしい映像を眺めながら、自分たちの無力さやこれから先の見えない未来を信じることさえ出来ずにいた。


その時に思ったのだ。


「東北の被災地に想いを馳せる気持ちを、悲惨な状況にいる人々の暮らしを想像することを、何があってもこれから先も忘れてはならない」と。



でも日々の暮らしの中で、忘れていくことは、人間の特技なのだろう。

あの時の思いは、きっと皆それぞれに風化してしまい、今回の集中豪雨の映像を見て、僕のようにハッと思い出した人も多いに違いない。



ネットのニュースでは早々に、倉敷市長が「着替えが足りない」と言っていた。

それを見た僕は、すぐに洋服の着替えの送り先を検索し続けたのだけど、結局このような非常事態の時には、必要な物資や手伝いの正確な情報が出るまで、何もしない方がいいということさえ忘れていたのだった。


避難されている方々や酷い暮らしを強いられている方々が、1日でも早く、安穏な暮らしを取り戻せることを祈っている。

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鱧と春野菜の天ぷら
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親鶏の塩焼き

徳島には遅く着いたので、その日に入れそうな『わかたけ』という和食屋さんに飛び込んだ。

大将は、ハンサムでいきのいい30代後半くらい。お父さんも徳島の田舎で和食料理店をやっていて、大阪にも修行に出たことがあるそうだ。

この人の徳島愛といったら聞いていて気持ちよく、関西などの野菜は、徳島県のものがとても多いとうれしそうに話していた。

徳島産のヤングコーンやトウモロコシの天ぷらが驚くほど甘く、鱧の天ぷらもホクホクして美味しい。親鶏の塩焼きは、鶏肉自体がしっかりとしまり味わい深く、最後にいただいた半田そうめんも申し分なかった。

徳島で気軽に入れて、お酒も三号飲んでこの値段?と思うほど、コスパも素晴らしかった。

⭐︎わかたけ
088-626-1283
徳島県徳島市両国橋25-2 アゲインビル1F
 (Click!) 

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彼らはいつも、手を振ってくれる。
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この人が素敵だった♡

先週の日帰り出張に続き、今週も徳島空港に出張で缶詰めになっていた。

朝から晩まで空港の中から、飛行機の到着と出発が繰り返されるのを見ていて、働く人々の姿にとても感動したのだ。



飛行機が到着する15分くらい前から、飛行機が入ってくるゲートにスタッフが出て来て、誘導する場所の点検をする。

飛行機が到着し、ゲートに向かってくると、飛行機の操縦席に対して正確に位置情報とコースを示す。

所定の位置に止まるや否や搭乗橋がかかり、あっという間に沢山のスタッフが飛行機の下に集まり、荷物を出したり、燃料を補給したり、清掃をしたり、新しい荷物を積んだり、それぞれに割り振られた仕事を正確にこなしていく。


今日のように暑い炎天下の中、彼らは汗だくになりながら重い荷物を持ち、道を横切る時は安全確認を必ず欠かさず、時には走る。

そんな彼らの働く姿を見ていたら、どんな仕事であれ、人が働く姿は美しいものだと、心にじーんと沁みたのだ。



彼らを見ていて一番好きだったのは、飛行機の荷物を積み終えて、送り出す時。

飛行機の翼の両側に1人ずつ立って歩きながら、障害物がないか見守るように飛行機はゆっくりバックしていく。先端に車をつけて誘導場所まで行ったのち、その車を切り離し、スタッフは並んで立ち、操縦席や飛行機に対してお辞儀をする。

そして、飛行機がゆっくりと目の前を進んでいく時に、みんなでにこやかに手を振るのだ。


僕はいつも飛行機の中からそんな姿を見ていて、彼らはなんであんなに手を振っているのかと思っていたのだけど、彼らの仕事を一日中見ていたら、今では彼らの『誇り』を感じることが出来る。



仕事が終わって徳島空港を最終で出発する時に、僕はアイフォンの灯りをわざと強くつけて、手を振る彼らに手を振り返した。


彼らには見えていたかどうかわからない。でも、僕はいつまでも手を振り続けることで、彼らの仕事ぶりをしっかりと称えたかったのだ。

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サンフランシスコのフェリービルディングで、帰りがけに思わず目に留まり買ったもの、それがこの、OXOの『レインボーな計量カップ』。

僕の家には、気づけばOXOの商品がかなりある。

例えば、上から見ただけで量がハッキリとわかる計量カップや、アボカドスライサー、サラダスピナーなど。


OXO の理念は、

『OXOは毎日の生活を快適にする、革新的な製品開発を続けています。私たちは、右利き、左利き、老若男女さまざまな人がどのように製品を使うのかを研究し、最適な改善策を見つけ出します。私たちの、何事にも疑問を持って取り組み、絶えず細部に配慮する姿勢が、日々の生活を快適にする製品作りを支えているのです。』


このレインボー計量カップに、どんな使いやすさがあるのかわからないけど、色々なカタチと大きさ、様々な違った色で出来たカップは、重ねても、バラしても、キッチンにあるだけで楽しい気分にしてくれる。

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キース・ヘリングの最後の作品
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サンフランシスコのノブヒルにある僕の泊まっていたホテルの前には、ハンティントン公園という美しい公園があって、朝はなぜか太極拳をする中華系の人がいたり、昼間は半身浴をするアメリカ人が集まって来ていたのだけど、その横には大きな大聖堂(アメリカで3番目の大きさ)があって、その名も『GRACE CATHEDRAL』という荘厳な名前がついていた。

ヨーロッパには、大聖堂が様々な町に観光名所のようにあるのだけど、アメリカでこれほど大きな大聖堂は見たことがなかったためガイドブックを見ながら中に入ってみた。


すると、入り口の右側に、『キース・ヘリング』が最後に制作したという作品『The Life of Christ キリストの誕生』があったのだ。そしてその横には、AIDSで亡くなった方々を忍ぶキルトがかかっており、 The Interfaith AIDS Memorial Chapel と書いてある。

6月だからか、グレーズ大聖堂は夜はレインボーにライトアップされていた。

キリスト教の教会であるにも関わらず、AIDSで亡くなった同性愛者のキース・ヘリングの作品を祀り、AIDSで亡くなった多くの人に捧げられたこのメモリアルチャペルを見ていると、サンフランシスコという町がいかにゲイやLGBTに対して世界に先駆けて理解ある行動を示して来たかが想像できる。

★GRACE CATHEDRAL (Click!) 

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『最強のふたり』の監督と製作陣がまた映画を作ったというので、Kと2人楽しみに新しくなった渋谷のシネクイントに観に行った映画。


「最強のすたり』は、実話を元に制作された映画だったけど、この映画は、結婚式をプロデュースする会社の、絢爛豪華な結婚式の一日を追っていくフィクション。

主人公は60歳過ぎているだろうか。くたびれて髪は抜け落ち、眼光が鋭い。彼の経営する結婚式プロデュース会社には様々な人材がいて、一人一人出てくるたびにありえないくらい素っ頓狂だったり、心許なくて、本番の結婚式が無事に遂行さっるのだろうか・・・と不安になってゆく。

この映画は、僕たちの周りの世界、いや、世界の縮図をひとつの結婚式プロデュース会社のチームにたとえたような映画だ。ひとつの目的に向かって成功させようと思って進んでいくように見えて、実はおのおのの欲望や感情に振り回されて、現実はどんどんおかしな方向へ進んで行ってしまう。


思いっきり笑えて、「こいつ、信じられないくらい憎たらしい!」と思ったり、「こいつ、つねってやりたい!」と思ったり、とにかく出てくる登場人物がおかしくて、またそれが他の人間に出会うことにより見事な化学反応を起こしてゆく。

僕は主人公に同情してイライラさせられっぱなしだったけど、すべてが終わってみると、周りにいたろくでもない連中さえ愛おしくなる、不思議な映画だった。


★セラヴィ! (Click!) 

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RESYは有名店。OpenTableは大衆的な店。

アメリカに行って、レストランを予約するのは、英語が達者な人でない限り面倒なものだ。電話をかけて早口でまくしたてられたら、僕は聞き取ることができない。


大衆的なお店はホームページからネットで予約できるところもあるけど、大抵の大衆的なお店は『OpenTable』というアプリを入れておけば簡単に予約が出来る。

お店の名前を入力して、行きたい日時を選び、人数を選ぶ。大人数の場合は予約時にクレジットカードが必要になるけど、大抵は必要なく予約が出来る。

また、自分のいる場所から近くにイタリアンの美味しい店がないかな・・・などと調べて予約をすることも出来るので、これはもう手放せないアプリだと思う。


『RESY』の方は、どちらかというと有名店が利用しているアプリ。ミシュランの星付き店なども、予約時の簡略化とお客とのトラブルを避けるためにかなりのお店が『RESY』を利用していて、今回サンフランシスコで行った有名店も、すべてこの『RESY』で予約することが出来た。


旅行時のレストラン予約には、『OpenTable』と『RESY』。これも忘れずにスマホでダウンロードしておくとよい。

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Poolは相乗り。X以降は一人乗り。

UBERをご存知だろうか?


海外の友人たちがしきりに、「便利だからただしもすぐにアプリを入れなさい!」

そう言うので、アプリは入れていたのだ。でも、東京で僕の周りではそんなに普及していないこともあり、使用したことはなかった。

今回、ニューヨークに着くときに、空港からいつものようにイエローキャブで行こうかどうか迷った時に、『Bridge』のMに相談したら、最近は空港からは空港のエアシャトルと地下鉄でマンハッタンに入っていて、帰りはUBERで空港まで行くことが多いと言うのだ。

そこで、UBERの使い方が今一わからなかったので(説明を読むのが嫌い)、Mに聞くと、とても簡単だと教えられた。


<基本的なUBERの使い方>
1. UBERを開く(現在地が表示される)

2. 行き先を入力する。

3. 周りにいるクルマが表示される。

4. 相乗りにするか、一人乗りにするか、スペシャル装備のクルマにするかなど、値段を見て選択すると、クルマのナンバーが表示される。

5. クルマがすぐに(2分で到着などと表示される)、近づいてきて到着する。

6.「Tadashi?」などと運転手が声をかけてくれる。もしくは、自分から名前を言い乗車する。


一度使ってみると、UBERが驚くほど便利なのがわかる。何がいいって、メーターが上がるドキドキを味わわなくて済む。ボラれない。また、チップも含んだ値段だから、いちいちチップを計算したり、荷物1つにつき2ドルとか取られない明朗会計なのだ。

サンフランシスコやバークレー、オークランドなどの人通りの少ないところへ行った時も、UBERで探せばものの2分でクルマが颯爽と現れるのだった。


海外旅行には、UBER。必ずアプリを入れていこう!


送別会の翌日は、JALの7時便で徳島空港へ・・・


の予定で、朝4時過ぎに起きて支度をしていると、台風のためJAL便欠航のメールが届いた。朝10時半には何としても空港に行かなければならず、急遽ANAに変更して取り直して羽田空港へ向かった。

仕事は撮影のためのロケーション・ハンティング(ロケハン)で、一日中動き回った挙句疲れも頂点に達して羽田空港に着いた時は、すでに20時半を過ぎていた。


帰る途中の徳島からは、Kには先に近くで食事を済ますように言ってあったのだけど、Kは僕を気遣ってか、僕の帰りを家で待っているというのだ。

リムジンで新宿に着きそのままタクシーで家に。ドアを開けると、Kが待っていた。


「お腹すいてるよね?Kちゃん、ラーメン作るからね・・・」


そう言って、冷蔵庫に作ってあったゆで卵や茹でた野菜、鶏胸肉の柔らか煮を出してきて、ラーメンを作ってくれた。


疲れて家に帰ってきた時に、待っていてくれる人がいるということは、なんて幸福なことだろう。

ふたりでレモンサワーを飲み、ラーメンを食べながら、なんとも言えない幸せな気持ちに包まれたのだった。

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香り高く夏らしい前菜
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発芽大豆炒め
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白子麻婆豆腐

帰国して、会社の送別会で訪れた白金の中華料理店が、久しぶりに素晴らしい中華料理だった。

北里通りにひっそりと佇む『蓮香(れんしゃん)』は、うっかり通り過ぎてしまうような入り口を入ると、車庫を改造したようなシンプルな内装で、店員さんも3人しかいない。


ワインや紹興酒は自分で選び机に運ぶようになっていて、どちらもとても手頃な値段だ。

料理は、四川料理の品があり、どれも香り豊か。

発芽大豆を炒めたものは、香り高くお酒が進むおいしさ。

一品一品、複雑な香辛料をまとい、青菜炒めさえ何が使われているんだろう?と不思議な気持ちになる。


最後まで十分に堪能できて、6000円というコースは、レストランの鑑だと思う。これで場所が面倒くさい白金じゃなかったらもっとよかったのだけど…。


⭐️蓮香
03-5422-7373
東京都港区白金4-1-7
 (Click!) 

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揚げたカキ
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鰹節が効いてるリゾット
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ラム

サンフランシスコではなくOAKLAND にあるミシュラン二つ星の『COMMIS』は、ロンドンのFat Duck,、スペインのEl Bulliなどミシュラン三つ星で修行を積んだシェフがオープンしたお店。

記事を読んで期待してオークランドまで食べに行ったのだ。


シェフは、母親がタイ出身父親が中国出身ということもあり、料理はアジアンテイストが感じられる。

すでに決まっているコースはお任せのみで、メニューは見せてもらえず、一品ごとにサービスされる時に料理を説明されるかたち。


結論から言うと、残念なレストランだった。

エルブリの化学の実験のような料理を真似ようとしているのかもしれないが、正直、「美味しい」という料理ではなかったのだ。

美味しかった料理は一品。
リゾットで、鰹節がまぶしてあるような和風テイストなものだけだった。


『Chez Panisse』に行った後だったせいもあるけど、改めて、「美味しい」とは何か、考えさせられる良い機会になった。

美味しくなく、高額なので、おすすめしない。笑
⭐️COMMIS (Click!) 

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ホタテと生ハムと豆
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ポルチーニのリゾット
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柔らかいラム

ファーストフードが進んでいたアメリカにおいて、食の革命を起こした料理人『アリス・ウォータース』のレストラン『Chez Panisse(シェ・パニース)』は、サンフランシスコから電車で30分くらいのバークレーにある。

『Chez Panisse』のお店の周りには、様々なレストランが集まり、Gourmet Ghettos(グルメ・ゲットー)とも呼ばれている。


ずっと長いこと行きたかったレストラン『Chez Panisse』につき扉を開けると、その瞬間から心地よいサービスに魅力された。

店内は華美でなく、野山に咲いているように自然に花々が生けてある。座席は大きくないけれども心地よく、外の景色も眺めることができる。

お店に入ってくるゲストは皆、このお店に来ることを楽しみにしていたようで、アメリカの田舎きら張り切って出てきたように見える人もいる。


料理は、


「鼻の穴が膨らむような感じ」


とでも言おうか。
シンプルに、「美味しいものとは何か」を、教えてくれる。

コースはその日に入る食材でお任せになっており、お腹にもちょうどいいボリュームで、ひとりなんときっちり100ドル。

サンフランシスコに行くことがあれば、必ず訪れることをおすすめする素晴らしいレストラン。


⭐️Chez Panisse (Click!) 

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カキ
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イカスミのパスタ
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キングサーモン

カストロ地区の人気レストラン『Frances』の姉妹店である『OCTAVIA』は、ロウワー・パシフィックハイツ地区にあり、両店ともミシュランの一つ星を獲得している。

店内はモダンで、気持ち良い空気が流れ、かしこまり過ぎていない雰囲気。そこここで人々の会話が耳障りよく聞こえてくる。


料理は、イタリアンの要素が入ったアメリカン。素材をそのまま生かす料理は、和食にも通じるところがある。

アラカルトで頼みやすく、量もあまりかサイズほど多くはないので、食べながら追加することもできる。

サービスも気持ちよく、サンフランシスコにしては素晴らしいコストパフォーマンスだといえよう。


⭐️OCTAVIA (Click!) 

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サンフランシスコのホテルやレストランは、総じて高い。ニューヨークでも東京から比べたら高いと思うのだけど、更に高い感じなのだ。

気軽に朝ごはんを外で食べても、2人で6千円くらいは軽くいってしまう。


サンフランシスコでは、ノブヒルと呼ばれる丘の上の高級住宅地にあるホテルに宿泊していたのだけど、ノブヒルやロシアンヒルと呼ばれる丘の上を歩いていると、町の景色が美しく風光明媚という言葉が浮かんで来る。

丘の下には町が広がり、遠く青い海を見渡すことができる。


でも、丘を下りて繁華街であるダウンタウンに向かうと、道の至るところにホームレスがいるのに驚かされる。

更にほんの少し下ってマーケットストリートを越えると、上半身裸だったり、薬漬けでラリっているような人々がたむろしていたりするのだ。

このホームレスの数は、数年前に行ったオレゴン州のポートランドと比べても尋常じゃないことがわかる。


いくつかの記事を調べたところ、シリコンバレーに勤務する高給取りの人々も、通勤圏内であるサンフランシスコに住む人が多いようで、それにより、サンフランシスコ自体の土地の値段、家賃、生活に必要な金額が上がり続け、元々サンフランシスコで暮らしていた人が住めなくなっている現象が起きているということ。(年収2000万円あっても、サンフランシスコでは暮らしていけないと言われている)

また、若者のホームレスのかなりの割合(48%という数値も)は、LGBTだったりするようだ。

シリコンバレーに勤める人や、会社の社長は、自分たちこそがサンフランシスコに住む権利があるのだとおおっぴらに主張していて、低所得者との格差は開き続けているようだ。


美しいサンフランシスコには、数日滞在の旅行者ではなかなかわからない現実問題を抱えているのだった。

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イタリアの港町のように美しいサウサリート
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フェリービルディングは、週3回ファーマーズマーケットがやっていたり、ビルにはお洒落な雑貨屋さんやレストラン、カフェが詰まっていてサンフランシスコに行ったら必ず訪れるべき観光名所。

そのフェリービルディングのあるPier 1からフェリーでおよそ30分のところに、SAUSALITE(サウサリート)というヨットの停泊する町がある。位置的には、サンフランシスコの町の北側にあるゴールデンゲートブリッジを渡った先にある。


フェリーがサウサリートに近づくと、まるでイタリアの港町に来たような気分になるのは、サンフランシスコよりも気候が暖かく、空が透き通るように澄んでいたから。

小さな町は、海岸に沿ってレストランやカフェ、お土産屋さんが並び、サンフランシスコの都市の喧騒はどこにも感じられない。


イタリアンに入ってワインを飲みながら、パスタを食べる。太陽の光を浴びながらのんびりしているだけで、イタリアや南仏で過ごす夏休みのような気分になれた。

この町で驚くことは、町のどこを切り取ってもとても綺麗だということ。

都市から30分のところにこんな町を作っている彼らの民度の高さに改めて驚かされたのだ。

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ハーヴェイ・ミルクの足跡が色濃く残る町
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アメリカではじめてカーテンを外して営業したゲイバー
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幼稚園には大切な6つの言葉が書いてある

サンフランシスコにおけるLGBTコミュニティや活動のメッカであるCastro St.(カストロストリート)のウォーキングツアーに参加した。



『40歳を過ぎても僕には、他人に誇れるものは何もない』


ハーヴェイ・ミルクが恋人のスコットと出会い、LGBTや弱者のために政治活動に立ち上がったのが40歳。

2度のサンフランシスコ市議会落選を経たのち、3度目の1977年に当選したハーヴェイ・ミルクは、11ヶ月という短さで同僚のダン・ホワイトに射殺されてしまう。


ツアーは、カストロストリートがどうしてLGBTコミュニティの場になっていったか、ミルクがどんな風に活動していたかその足跡を2時間かけて辿っていくもの。

当時はまだ、ゲイであることが精神病と考えられ、電気ショックを頭に与えられていた時代、ゲイは自らをひた隠しにしながら生きるしかなかった。

軍隊や刑務所に入っても、ピンクトライアングル(ピンク色の三角形のマーク)で色分けされ、蔑まれていたのだ。


ハーヴェイ・ミルクは、アメリカではじめてサンフランシスコ市議会に当選したオープンリーゲイである。

彼の信念は、ゲイやLGBTだけではなく、黒人、アジア人、障害者、老人、あらゆる弱者へ希望をもたらすことだった。



ハーヴェイ・ミルクはカストロ地区に幼稚園を作り、今でも子どもたちへその思いを残している。その幼稚園では、最も大切な言葉を習うのだそうだ。


PEACE
EQUALITY
DIVERSITY
JUSTICE
FREEDOM
ACCEPTANCE


平易でありながら、生きていく上でなんて大切な言葉なのだろうか。

ハーヴェイ・ミルクに思いを馳せながら歩く2時間は、静かに心が温かくなるような素晴らしい経験だった。

★CRUISING THE CASTRO WALKING TOURS (Click!) 

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不安になる広いリビング
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アルカトラズ島
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ゴールデンゲートブリッジを巡るツアー

朝の便でサンフランシスコへ。

ニューヨークからサンフランシスコへのフライトは、6時間強。でも、3時間の時差があるため朝9時の便に乗っても着いたら12時半なのだ。ちょっと得した感じ。

飛行機が到着したのは、ぴったり12:22だった。


「僕の誕生日と同じだ!
祝福されてるな
サンフランシスコに」


ホテルにチェックインすると、スイートルームが用意されていた。予約した金額の10倍くらい払わされるのかも…と不安になって聞いてみると、アップグレードしてくれたらしい。

坂の上のCalifornia stにある『Scarlet Huntington San Francisco (Click!) 』は、クラシックではなくところどころデザインされたヨーロッパの香りを感じるホテル。


部屋に荷物を置くと、そのままフィッシャーマンズワーフへ。

ゴールデンゲートブリッジを回る1時間の遊覧船は、日本語のガイドが入った親切なツアー。サンフランシスコの歴史やアルカトラズ島の歴史を聞けて興味深い。

サンフランシスコでは、3日間とも素敵なレストランを予約してあるので、そらは後でまとめてあげますね。

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HYDE HALLからの眺め

2日目は、町にあるギャラリーを覗いた後に、Cooperstownにある湖へ。

「晴れたから湖に行こう」と言われ、向かった先にあったのは、鮮やかな緑に囲まれた青い湖だった。

驚いたことに彼らは、ボートを所有していて、すぐにボートに乗って湖に繰り出した。


大きな湖の遥か彼方にお城のような建物が見える。聞くとそれは、シンデレラ城のような湖のシンボルであって、機能は何もないとのこと。

特に目的もないままそのお城のような建物を目指し、ゆっくりと湖を走った後にランチへ。


E &Rカップルとストレートカップル、そして僕たち6人での食事は昨夜の楽しい雰囲気をそのまま引き継ぎ、豊かな時間へとなってゆく。

途中、Cooperstownの町中や、HYDE HOLLという湖を一望出来る館に立ち寄ったりしながら、マンハッタンへ戻るAlbanyへ。


Cooperstownでの滞在中に何度も思ったことは、彼らの暮らしが、僕たちの東京での暮らしとは、あまりにも違っているということ。

美しい山々に囲まれたCooperstownの暮らしは、まるで天国いるかのように色鮮やかで現実感がなく、今、東京と繋がっているこの世界にあるなんて信じられないのだ。


僕たちは、自分たちの東京での暮らししか出来ないように感じているのだけど、実は自分たち次第で、この世界のどこにだって住むことは出来るのだろう。

Cooperstownのような自然に囲まれた暮らしも、僕たちは選択することができるのだ。

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離れとブランコ
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野生のうさぎ
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敷地には、林が広がっている

今回のニューヨーク旅行では、E &Rアメリカ人の友人ゲイカップルの家を訪れることが、実は大きな目的でもあった。


僕が大学生の頃に、彼らが日本に住んでいた頃には時々友人宅のパーティーで会っていたのだけど、僕が会社に入ってニューヨークに遊びに来ていた時には何度か会っていた。
その後疎遠になっていたのだが、20年ぶりくらいに彼らの家を訪ねることにしたのだ。


20年前くらいに訪れた時は、彼らはまだ、チェルシーに住んでいた。同じアパートには写真家のアニー・リーヴォビッツがいるような瀟洒なマンションには、壁中に沢山の本が並んでいて、広々としたリビングに沢山の部屋があるような素敵な家だった。

今回訪れた彼らの家は、そのチェルシーのマンションから7年前に移り住んだもので、ニューヨーク州の州都であるAlbanyまでAmtrakで2時間半、そこに彼らの車が迎えに来てくれて更に1時間半かかるCooperstownという湖のそばの町だった。


Albanyから車に乗ると、景色はどんどん田舎になって行って、ついに遠くの山や畑しか見当たらなくなってきた。細くなってきた道では、時々鹿が飛び出して来るので車のスピードを緩めなくてはならない。

車を降りると、まるで森林の中にいるような匂いがした。家は周りを林に囲まれていて、R に庭を案内してもらいながら驚いたのは、その敷地の広大さだった。

母屋の他に、離れがあり、その他にも陶器を作る工房があったり、畑やガーデンがたっぷりとあり、その先には見えないくらいの森林のような敷地が遠く広がっている。


我々の到着を待ちわびるかのように、彼らの友人のストレートカップルも現れた。それからワインを飲みながら楽しい食事がはじまり、食べて飲んで散々笑った後に場所を移動して、ストレートカップルのバンジョーとアコーディオン演奏が始まった。

美味しい食事と友人たちに囲まれてワインを飲みながら、バンジョーの音に耳を傾ける。

僕が今まで想像もしなかったような豊かな時間が、そこでは流れていたのだった。